I don't want no retrospective.

長続きしない

2010年11月30日に寄せて

最近とんと移動をしていなかったので、久しぶりに高速バス乗ったりJR乗ったりして音楽を聴きながら山や川、畑やひたすらの草原や牛や馬がいる風景なんかを見て思いを巡らせていると本当にいろいろな考えや言葉や人々が浮かんできますね。

7年ほど前に祖父が亡くなり、今回数年ぶりに母と墓のあるこの街を訪れました。最後にこの地を踏んだときからさらに寂れていったさまがありありとしていて、これでも北海道内では人口規模で上位の街、広がる果てしない田園風景に反して高齢化の進んだ停滞感の充満した深さの知れぬ絶望を感じ取りました。

バスで降りてから40分ほどでしょうか、タクシーを気軽に使うようなゆとりを持たぬ私たちはひたすらに重い荷物を抱えながらお墓へと歩きました。季節はずれの雪に見舞われた街は歩道にうっすら雪が湿り足取りを重くさせます。

広い霊園に着き、お墓の場所はしっかり覚えていました。やはり雪に覆われ、しかし風ひとつない穏やかさで、お祖父さんとさらにそのひいお祖父さんお祖母さんまで眠るお墓は鎮座しておりました。霊園では雪解けまで水道も止められているので、雪でタオルを湿らせ2人でゆっくりとお墓を綺麗にしました。持参したお菓子とお酒とジュースを備え、亡くなった先祖に近況を伝え、静かに乾杯をしました。お祖父さんは特に我々 孫を可愛がってくれましたが、先日ひ孫も生まれ、母は写真を、私は動画を見せました。

 

お祖父さんは長く役所に勤め、定年後も町内会の役員を死ぬまで引き受け、パークゴルフと釣りが何より好きで、犬と猫が大好きで、本当に人に愛された方でした。曲がったことが嫌いで正直で義理人情を大事にして、家族を大事にして、本当に偉大な方だったと思います。亡くなってからも私の非常に近いところに日々いるような感覚があり、だからこそ間違ったことはできないと襟を正しています。死んでなお教育できる、他人に影響を与えられるってそれだけで生きた価値がありますね。